自分方位研究所

日々の活動記録

野口悠紀雄 著『AI時代の「超」発想法』を読む

題名にAIの文字がありますが、本書はAIを使って発想しようというものではないです。
本書が発行されたのは2019年10月。ChatGPTが公開される3年前ではありますが、将来、AIに仕事を奪われてしまうのではという考えに対し、いやいや、人間は発想できる。発想力を磨いて、人間にしかできない仕事をしてこう。そのためには・・・という、ある種の発想に関する啓蒙書という感じを受けました。

著者が運営する「note」に本書のサポートページも作られているので、本書をさらに理解できるのではと思います。

発想に関する参考文献として、哲学者や数学者の著作も紹介されており、それらを読んでいくのも発想の幅を広げる助けになるのではないでしょうか。

本書の表紙に大きく書かれた'アイディアが次々と湧きだす「5つの法則」'については最終章に短くまとめられています。

1.模倣なくして創造なし
→発想はすでにあるアイディアの組み換え

2.アイディアの組み換えは頭の中で行われる
→巷の発想法のルールに縛られていては効率が悪い

3.データを頭に詰め込む作業(勉強)がまず必要
→無からは何も出ない

4.環境が発想を左右する
→周りに知的な人々がいること。快適な散歩道を歩く

5.強いモチベーションが必要
→どうしても何かを生み出したいという強い思いが大切

 

私が読んで驚いたのは、第7章「間違った発想法」についての内容で、

世間で「発想法」といわれているものは、「マニュアル的発想」人が日常的に行っていることをルール化したもの。これらの発想法が、本来の発想を妨げている。

特に発想法として有名な「KJ法」を・・・

KJ法がダメなのは直感力を排し、すべてを点検しようとすること。無意味なものを排除するということをしていない

また、立花隆氏の著作’「知」のソフトウェア’(1984 講談社 現代新書)からの引用で

KJ法は、人が頭の中でやっていたことであり、頭の鈍い人が集団で考えるときは有効

と述べられていることです。

そういう考えをしたことが無かったので、そうなのか!と驚いた次第。

かなり「できる」人が、個人でスピード感をもって思考する場合は「発想法」のルールは、かえって発想の邪魔をしてしまうというのもうなずけます。

確かに発想法の「ルール」を気にしていては、本来の発想が出てきづらいような気もします。ただ、大人数でのプロジェクトなど、全員が認識しなければならないことや、取りこぼしが許されない案件などは、発想法のルールに係わらず、やはり各人の頭の中にあるモノを全て書き出して明確にする必要はあると思います。

東日本大震災から、明日で15年。
想定外と言う言葉がよく用いられましたが、原発を建設するという発想が最初にあったわけで、その発想の中で、想定外とされたものは・・・

こう考えてくると、発想するのは人間だけ・・・と言っても、何とも頼りない気がしてきました。

そうは言っても思考力、発想力は大切。私自身、毎日考えながら生きているか、何も考えないでその日を流しているか・・・改めて考えることになった一冊でした。